ROBOBO’s 読書記録

読んだ本の感想です。

池田清彦他『親ガチャという病』_感想

 

親ガチャという病

親ガチャというと、どこか諦めモードな響きがありますよね。本書では7人の識者が、それぞれの立場から見た令和の日本に漂う閉塞感を論じています。納得できるものもあれば、少し極端すぎるのではないかと感じるものもありますが、今の時代を鋭く分析しているという点では、大変面白く、示唆に富んだ内容でした。

まず、お一人目、土井隆義さんの「親ガチャという病」

若年層の自殺が増加している問題から親ガチャの流行が物語るもの、居場所の喪失、アイデンティティの揺らぎについて説いています。親ガチャという言葉からは自嘲的な経済格差をあざ笑う感じと共に、わざと軽く捉えようとしている心情がうかがえるといいます。そして、親ガチャで運命が決まってしまっている以上は努力しても仕方がないという閉塞感。

私自身は、あまり考えたことがありませんでしたが、確かに医者の子どもは医者になりがちだし、親の経済状況が子どもの学歴に影響するというのは、その通りだと思います。経済的なことよりも、もっとマインドといいますか、意識の面で親の影響を子どもが受けるのも事実です。しっかりしたお家の子どもは、やはりキチンとしている。先生が家庭訪問で見ているのは、この辺りなんだろうな、と思いますね。

いずれにしても、本書では、そういう小さな話ではなく、日本全体の親ガチャが流行する雰囲気と言いますか、その背景について分かりやすく論じられていますので、一読の価値ありだと思います。

無敵の人という病

続いて、お二人目は和田秀樹さんの「無敵の人という病」

これは最近、立て続けに起こっている拡大自殺から、それを引き起こす怖いものなしの無敵の人、そしてそうした行為を報道して模倣犯を生み出してしまうマスコミの弊害について論じています。無敵の人とは、絶対正義を信じている人。自分にとっての正義は他人にとっては悪かもしれない、ということに気づけない人のことだといいます。これまで日本では、学校の教育で解のない問いについて考えることをしてこなかったため、何でも答えは一つ、善か悪かの2択で判断してしまう傾向があると。確かに、そうかもしれません。どんな問題も、見る立場によって考え方も変わってきますし、答えも一つではありませんよね。

「日本人は、どんなものも相対的だという教育を受けていないし、議論をするという教育も受けていない。」著者の言葉が刺さりました。

ルッキズムという病

もうお一人だけ紹介したいと思います。香山リカさんの「ルッキズムという病」。

コロナ禍でマスクが当たり前になって素顔をさらすことに抵抗があるという若者の話と一方でインスタ映えなどSNSでキラキラ、モリモリにしてしまう心境について論じられています。この背景には、若者の相手ファーストの気持ちが隠れていると。自分がこうしたい、ということではなくて、相手がそれを望まないかもしれない、という視点で自分の行動を決めてしまう心情です。

著者は、絶対に誰も傷つけないことなど、本来はあり得ないといいます。避けようのないことを避けようとしているところに過剰な萎縮の根があるのではないかと。そして、この世情に風穴を開けるとしたら、例えばルッキズムの極致である「自分大好き」な新庄剛監督のような人の存在ではないかといいます。SNSの中だけの虚構の自分大好きではなく、リアルの世界での生身の自分大好きが、今の世の中には必要なのかもしれませんね。本当に自分のことを好きな人なんて、どのくらいいるのでしょうか。

そんなわけで、7人全ての紹介はできませんでしたが、どの方の論説も、現代社会の痛いところを突いていて、面白いです。答えが明確に出るようなものではありませんが、今の社会を客観的にみて、考えるということ自体が、私たちに欠けているものといいますか、気づかないものを気づかせてくれるプロセスのように思います。

よい勉強になりました。

 

2022年8月31日 読了