ROBOBO’s 読書記録

読んだ本の感想です。

岩田規久男『「日本型格差社会」からの脱却』_感想

 

なぜ日本は貧しい国になったのか

 著者は、2013年から5年間、日銀の副総裁を務めた経歴を持つ経済学者。本書の中には当時の民主党政権や安部元総理とのやりとり、石破議員や前原議員への経済講義など、日本の政治家がいかに経済政策に疎く、まっとうな判断を行える人が少ないかが書かれていて、なかなか面白く読めました。石破議員にいたっては、数時間にわたる説明を行ったのにも関わらず、「よく判らないよ。(日銀の職員)に任せるよ。」と言われたと落胆されていました。まあ、そんな方が現在の日本の総理大臣であるということは、本人よりも側近の頭脳がいかに重要であるかを物語っていますね。

 さて、本書では、今日の日本の経済の低迷、雇用状況の悪化、格差社会の拡大の原因は、長期間にわたるデフレに原因があると述べられています。

 デフレーションとは、物価が持続的に下落し、モノに対して貨幣の価値が上がっていく状態のことをいいます。日本では第一次大戦後や第二次大戦後には、日本全体の物価が下落して完全失業率が上昇するデフレが起こりました。戦後の高度経済成長を経て、急激な金利の利上げと貸し出しの制限によりバブルが崩壊すると、1992年以降からデフレ傾向となりました。そして消費税の増税や緊縮財政による消費者物価指数のマイナス、日銀によるゼロ金利政策などデフレはますます厳しくなっていきます。ユニクロの安い衣服や吉野家の低価格の牛丼が登場し、物価の下落傾向は2019年まで継続しました。著者は、日本が長期にわたってデフレを解消できなかった要因として、日銀の責任を問うています。他国の中央銀行がデフレを解消するために金融政策を行うのに対して、日銀は量的金融緩和政策をとらずに、ゼロ金利を継続し経済成長よりも財政基盤の強化を目指したためだと指摘しています。

 その結果として、バブル崩壊後の就職氷河期から雇用の2極化が始まり、経済的な格差が拡大していきました。デフレの影響による採用抑制が起こり、当時は4大卒であっても、正規社員になれる人はごくわずかで、エントリーシートを50社、100社に送るのは当然の世界でした。こうした雇用機会の損失による格差は、年齢を重ねても解消されることはなく、今日の相対的貧困率の高さや格差を招いた要因となっています。

デフレ脱出のいま、とるべき政策とは

 コロナ禍を経て、現在は、世界的な物価高騰、人件費の上昇、売り手市場の新卒採用など、当時とは真逆の現象が起こっています。物価高騰は生活費を圧迫していますが、最低賃金は大きく引き上げられ、企業のベースアップも活発です。新卒は早々に内定をもらい、初任給が30万円を超える企業も出てきました。日銀もようやく量的緩和措置に踏み切り、金利も上昇し、銀行の預金に少しは利子が発生するようになってきました。この日銀の措置を批判する声も多くあるようですが、著者は、まず何よりもデフレから脱却してこその経済政策だと主張しています。本書が書かれたのは2021年なので、当時はここまでの円安や物価上昇が予測されていなかったと思いますが、概ね、著者の指摘するデフレは解消傾向にあるのではないかと思います。

 では、次にどんな政策を打てば日本は貧しさから脱却できるのか、格差を解消できるのかについて、「年金の不平等」という視点から所得の再配分施策について著者の持論が述べられています。

 現行の日本の年金制度は、ほぼ制度としては破綻しているといっても差し支えないでしょう。経済が右肩上がりで、かつ人口が減少しないのであれば、現行の年金制度はうまく機能したわけですが、1965年生まれの人を境に、掛け金以上に年金がもらえる人と、掛け金よりもずいぶん少ない額しか年金がもらえない人に分かれる結果となっています。著者は、年金は現行の「賦課方式」から「積立方式」に転換すべきであるとしています。少子化が進めば進むほど、掛け金は減少し、現在の給付水準を維持できなくなり、国庫の支出を伴うことになるのですから、転換は急務だと思いますが、実際どのような議論がなされているのか、あるいはなされていないのか、国民には良く判らないですね。

 また、いわゆるベーシックインカムに相当する政策として、「負の所得税」の導入を提唱しています。所得税は所得の大小に応じて税率が増減して課税されますが、所得が少なければ課税がマイナス、つまり給付に転じるという考え方です。これにより、所得の多い人は課税され、所得の少ない人は給付を受けるという、税上の所得再配分が可能になります。そして、こうしたセーフティネットが機能すれば、現行の生活保護制度は真に労働できない人の救済にのみ使われ、働ける人は職業訓練支援を受けて自立するという循環が生まれると説いています。

政治に無関心でいることの危うさ

 いずれにしても、政策を決定するのは、国会議員と呼ばれる方々です。立法権をにぎるのは国会に限られていますので、どんなに良い提案が生まれても、それを正しく理解して政権運営に反映できる人格者が必要です。著者によると安部元総理によってなされようとしていたアベノミクスは、デフレ脱却に向けた希望の一端だった、とのことで、当時は安部氏以外に政策を正しく理解できる人がいなかったと言っています。

 私たちも、経済の仕組みや税制などは難しくて、しっかりと考えることを避けてしまいがちですが、国会議員にどの人を選ぶのかということは、どの政策を理解して推進するのかということに直結しますので、実はとても重要なことのはずです。少し知識を得られれば、十分に理解できること。その基礎となる学力は、日本ならどの国民も持っているはずです。世界の構造を理解する、その努力を惜しんではいけないと感じました。国会の皆さんも政治献金問題や誰かのスキャンダルを追うのではなく、真に日本の未来のためになる政策議論をしていただきたいと思います。すこし風向きが変わりつつある今、石破総理に期待をして、よりよい経済政策が行われるための世論を後押しできる真の有権者でありたいと思いました。

 

2025年1月26日 読了