「忙しい日々」を目指さないという働き方
静かな退職(Quiet Qitting)は、2022年にアメリカのキャリアコーチが発信し始めた言葉だそうで、実際の意味は「退職」ではなく、社内での働き方に対する考え方を表しています。簡単に言うと、頑張りすぎず、そこそこの立ち位置で、自分に与えられた職務を静かに全うして長く働く、というもの。
本書を読んでいて感じたのは、最近の若い人たちの多くは、この考え方で会社とつながっているのではないかということです。やる気が無いわけではないけれど積極的に仕事はしない(自分の担当業務はそれなりに仕上げる)、会議では自分から発言はしない(求められたら答えるので意見が無いわけではない)、部署の飲み会には参加しない(でも社内に友人がいないわけではない)、管理職やリーダーになることを目指していない(でも給料はある程度上がってほしい)など、思い浮かぶ人が何人もいますね。かくいう自分も、その一人かも知れないと思います。仕事は嫌いではありませんが、何もかもを仕事に捧げるほどに夢中にはなれません。就業時間が終われば、仕事以外のことに時間を使いたいと思っていますし、職場の人たちと深くつながりたいとは思いません。仕事上での人づきあいで十分だと考えています。出世もある程度までは必要だと思っていますが、トップに立ちたいわけではないし、組織の中で戦略的な駆け引きに興じるよりも、自分に与えられた仕事をプライドをもってやり遂げたいと考えています。どうでしょう、皆さんも少なからずこうした考え方にシフトしていないでしょうか。
日本よりも欧米社会の方が2極化している
本書では、このような働き方が広まりつつある背景が解説されています。欧米では、職業につくためには職業訓練を受けて資格を取得する必要があり、入り口部分で、その人の一生の立ち位置が決まっているようです。経営陣に入るような人は、そもそも相当の教育を受けて職業訓練を終えた一部の人に限られ、多くの大卒者は、決められた職務のなかで働く一般労働者となります。何のスキルもないけれど、とりあえず真っさらな状態で新卒として採用されて、社内で経験を積みながら、将来の出世を目指していく、という構図は日本特有のもののようです。欧米では、何のスキルも持たない人は採用されませんので、まずは職業訓練を受けるところからスタートしなければならず、熟練した年配の人の方が市場価値が高くなるのですが、日本では逆に何にも染まっていない若者に価値を置かれています。そして、会社は時間をかけて若者を会社の色に育てていくのが主流でした。
しかし、この20年ほどの間に、こうした日本特有の働き方は様変わりしてきたのだと著者は言います。その要因の一つは、女性の働き方の変化、コロナによるリモートワークの一般化など、「仕事だけしていたら良かった」時代は終わり、仕事もするけどプライベートも大切だし、なんなら社外で副業もするよ、という仕事への考え方が徐々に主流になりつつあるようです。
例えば、働く女性は、結婚や出産を経験すると、「働き方」に対する考え方が180度変わります。独身の頃は、仕事中心の生活でも問題なかったので、残業も休日出勤も可能ですが、結婚や出産をすると仕事とそれ以外の占めるウエイトは逆転します。物理的に(時間的に)仕事だけをしていられないので、働き方はシンプルになり、必要なこと以外はしない、人間関係は最小限に留めて、求められているタスクを最小限の労力でこなす、という「無駄なことをやってる時間はない」という働き方に変わります。そうした女性から見ると、社内のダラダラした会議や、どうでもよいことに時間をかける作業は何とも非効率で無駄が多く、そこに歩調を合わせることは耐えがたくなります。そして、そういうことをしなければ出世できないのであれば、そもそも出世して管理職になろうという希望は捨てて、「そこそこの職位で自分のペースで長く働こう」という考え方に変わっていくのではないでしょうか。そして、同じように考える男性が増えていることも納得できます。
働き方を変える転換期を迎えている
本書を読んで、本当に日本の社会は「働き方」の転換期を迎えているのだと痛感しました。著者は、現在の日本の働き方は、40代までは誰もが会社の上位層を目指せる可能性があるけれど、実際に上位層に入る人数は限られているのだから、「出世」を第一義としない選択肢があるべきだといいます。それは「頑張りすぎない」働き方で、自分の職責を正確に理解して、会社が求めることに応えていくという「地に足ついた」働き方だと感じました。そして、そういう働き方に合わせて賃金体系も見直されるべきだと思いますし、賃金に付随する社会保障制度や年金制度も旧来のものから変わっていかなければならないと感じます。右肩上がりに出世して、右肩上がりに賃金が増えなくともよい、責任のある仕事を納得のいく形で実行して、それに見合う賃金を安定的にもらえれば、生活の設計が組めますし、仕事だけではない生活が可能となれば、結婚や出産へのハードルも低くなります。あれも、これも、と欲張るのではなく、「そこそこ」を目指していくというのも、長く働く時代になった現代では、「安定」をもたらす重要な要素ではないかと感じました。
さて、もしかしたら70歳まで働かないといけない私たち。自分自身の働き方も、一度リセットして、もっとシンプルに考えてみてもよいのではないだろうか、と思いました。働き方というか、生き方全般について、パラダイムシフトが起きていることは間違いないようですので、変わっていく準備を始めたいなと思います。
2025年4月19日 読了
