ROBOBO’s 読書記録

読んだ本の感想です。

菊澤 研宗『戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか』_感想

 

戦略に歴史あり

 日常生活で何気なく使っている「戦略」という言葉が、もともとは軍事用語であり、実際の戦闘の歴史とともに進化してきたものだということを本書を読んで初めて知りました。なんとなく、「戦略」と聞くと胡散臭い感じがして、どこかズルい考え方のように感じていましたが、「戦略」「戦術」「作戦」というものが人の歴史とともに活かされ考え出されてきた知恵として、とても身近なものに感じられます。

 戦略とは、生き残るための積極的あるいは消極的な知恵であり、生存するための技法のことです。本書では、戦略思想が、歴史の流れに沿って、物理的世界、心理的世界、知性的世界の3つの側面から構成されていると論じています。そして3つの世界からの多元的な戦略を展開しなければ「戦略の不条理」、つまり合理的に不適合な戦略となってしまうことを説いています。歴代の策士として、孫氏、クラウセビッツ、リデル・ハートロンメルの戦略を紹介しながら、それぞれの戦略のポイント、長所と短所がわかりやすく解説され、実際の戦争で、どのような戦略が展開されて結果につながったのか、歴史を考える上でも、大変興味深く面白く読み進められました。

日本軍の戦略は失敗だったのか

 太平洋戦争で日本が米軍に敗れたことは、冷静に振り返ってみると、圧倒的な物的資源の差がもたらした結果でした。当時の米軍には物理的・肉体的な資源が豊富にあり、それに基づいて力や数による物理的な戦争を展開しました。一方で、日本の物質的な資源は非常に乏しく、同じ戦い方では勝ち目がなかったでしょう。それでも日本軍が原爆を落とされるまで戦うこととなったのは、知性的世界の資源である精神や概念などの実存性が非常に高かったからではないか、と著者は説きます。天皇を神格化して闘わなければならなかった理由がここにあるようです。当時の日本軍にとって豊かな知性的世界の資源を徹底的に活用して闘うことは究極の戦略だったのとも言えるのではないかと。

 こうした考え方で見たときに、太平洋戦争時の日本の戦略は必ずしも意味のないものではありませんでした。しかし、やがて精神論が先行しすぎてしまい、現実の物理的な兵器の格差を冷静に判断することができなくなってしまいました。まさに一元的な世界でのみ合理性を追求することによって、別の世界の変化に適応できず淘汰されてしまう「戦略の不条理」に陥ってしまったのです。

多元的な世界で物事を考えてみる

 では、どうすれば戦略の不条理に陥らずに生き残ることが出来るのでしょうか。著者は、物理的、心理的、知性的の3つの世界を多元的に立体的に捉える戦略が必要だと説きます。例えば、ビジネスの世界で価格競争だけで生き残ろうとしてもやがて限界が訪れます。そこで、さらに商品のアプローチのし易さや、利便性など別の側面で売り出します。それでも、いずれは競合他社も同じような、あるいはそれ以上の戦略を出してくるでしょう。では、さらに知性的世界で…というように一つの事象を多元的な世界で捉えて、トータルで有利に働くように組み立てていくことが必要です。

 本書では、こうした立体的な戦略を展開するための物理的、心理的、知性的なアプローチが分かりやすく紹介されています。人の合理的な判断というものが、様々な要因で合理的ではなくなることが行動経済学の観点からも説明されていて、とても面白く思いました。

 さて、本書の内容をすぐに日常生活に活かす、組織運営に活かす、というのは少し難しくも思いますが、後半には組織の在り方にも触れられており、自身の所属する組織を考える上でヒントとなることがたくさんありました。戦争論と経営論という全く異なる分野を扱っているようにも思いますが、実は、人の習性を考えるうえでは、どちらも似通った理論であることが分かります。少し視野が広がったような、考え方が改まったような、そんな爽やかな後味の書籍でした。

 

2023年10月20日 読了