ROBOBO’s 読書記録

読んだ本の感想です。

橋爪大三郎『面白くて眠れなくなる社会学』_感想

 

学校では習わない社会学という学問

 本書の題名が「面白くて眠れなくなる社会学」となっているので、少し誤解を招きそうですが、英語のタイトルは「Sociology For Young Adults」でこちらの方が内容に合致しています。中高生向けに書かれた社会学の入門書です。

 社会学という分野は、数学や英語、理科や国語とは違って、高校生までの教育課程では学ぶ機会がありません。大学に行って初めて「社会学」なる学問が登場します。学校で習う社会科や公民、倫理社会とは性質が異なり、人間の営む社会の一部を切り取って社会全体を考察しようとするものです。時には歴史学や哲学、経済学や心理学、精神分析ともつながっていると著者は言います。「科学と科学でない世界のぎりぎりのところを科学の側から考えていく学問」ということで、大勢の人に共通している事柄から法則性を見出して世界の仕組みを理解しようとする学問だと言えます。

 そうした少しあいまいな社会科学の考え方を使って、身近なテーマを読み解いて理解しなおそうと提案しているのが本書になります。難しい言葉や専門用語は一切使われていませんので、中学生もあっさりと読める内容になっています。大人には少し物足りない表現もあるかもしれませんが、改めて私たちの周りの「社会」というものがどのように成り立っているのかを考えさせられる内容で、巻末に紹介されている参考文献にも目を通してみたいと思いました。もう少し詳しく知りたいな、と思わせる入門書になっています。

分かっているようで実は分かっていなかったこと

  本書は、「言語」「戦争」「憲法」「貨幣」「資本主義」「私有財産」「性」「家族」「結婚」「正義」「自由」「死」「宗教」「職業」「奴隷制カースト制」「幸福」「読書案内」の章からなっていて、どれも私たちに身近でよく知っている概念を改めて分かりやすく説明してくれています。大人なら、そんなこと知っているし、というものもありますが、意外と知らないこともたくさんあるのだと気づきました。

 私が特に面白いな、と思ったのは「宗教」の章です。宗教が、そこに暮らす人々の文化の源泉になっていることは世界共通で、著者いわく、いわば宗教はパソコンでいうところのOSみたいな役割を社会の中で果たしているとの説明があり、これには、なるほど、と深く同意しました。宗教は、その社会のOSですので、OSが変わればアプリケーションもかわるし、時にはハードウェアも変わるわけです。人間はまっさらな状態で生まれてくるけれど、生まれてすぐに、その社会のOSをインストールすることによって社会の一員として「人」なっていくわけです。そして、宗教というOSを通して人は過去と未来を繋げてとらえているわけなのですね。

 過去も現在も、世界で起きている戦争は、その原因の一端が「宗教」に始まっています。そして、おそらくこれから先に起きる戦争も、「領土」や「金」と同じように「宗教」が原因となるのでしょう。そのくらい、宗教というものが私たちのアイデンティティの基礎となっていて、人々の暮らしに根深く存在しているのだということです。日本人は信仰心が篤くないといいますが、年末には除夜の鐘を聞いて、お正月には初詣に行くし、お墓参りもするし、クリスマスも祝えば、辻々のお地蔵さんにも手を合わせます。それが私たちのOSで、根本には自然を畏怖する心や祖先を祀る風習が根付いているのです。そして、そうした風習にまつわる行事やイベントが、いわゆる文化というものに発展していきます。そのように考えると、世界の構図を理解するためには、まずその基本である「宗教」を知らなくてはいけないのではないか、と思えてきました。

 そんなわけで、さっそく巻末の読書案内の中から宗教関係の著書を読んでみようと思っています。社会学は、世界を知る窓のような学問なのでしょうかね、自分の意識が少し拡がった気がしています。

 

2024年2月23日 読了

 

 

 

鷲田清一『わかりやすいは わかりにくい?臨床哲学講座』_感想

 

よくわからないことを少しずつ考えてみる

 著者は臨床哲学として、対話の中から人々と一緒に考えていく哲学の第一人者。著者の書籍はどれも読みやすく、面白いと思いますが、本書は特に、1話づつ完結というか、小さな「分かっているようで、実はよくわからない」ことをテーマにしたエッセイ的なお話が13話書かれています。一気に読んでもいいと思いますが、今回は、サウナタイムの友として1話ずつチビチビと読みすすめたので、読了に1か月以上かかってしまいました。

 第1話の「問いについて問う 意味について」から第13話の「わかりやすいはわかりにくい? 知性について」まで、人生の半ばを過ぎて、何となく老いを感じながら生活を振り返ってみた時に、そういうことなのかな?と気づいたり、考えたりするためのヒントがたくさん書かれています。いろいろ経験をしてみて、初めてわかることもありますし、いろいろ経験してみても、やっぱりわからないこともありますよね。著者の伝えたいことは、わからないことを、わからないまま理解することの大切さ、それができるためには、忍耐力と好奇心と知的体力が必要で、ある意味、大人として成熟していなければできない、というメッセージではないかと思います。

与えられる社会の危うさ

 第12話の「未熟であるための成熟? 市民性について」では、社会サービスが充実したことによって、私たちの市民性が失われつつあることの危うさが書かれています。執拗にクレームを言う客。役所の窓口で、税金を払っているのに納得できない、と文句を言う住民。私たちの生活は、あらゆることが社会化されて、自分でしなくても「サービスを受ける」という形で何でもできるようになりました。その半面で、例えば食べ物を作ったり、採取したり、衣服を作ったり、家を建てたり、葬儀を執り行ったり、老人の介護をしたり、以前はそれぞれの家や地域で行われていたことが、自分たちだけでは実行できなくなってしましました。家族の中の誰もが、それらの生活のスキルを伝承していなくても、外から福祉サービスや育児サービスを購入することで生活が成り立つような便利な社会になった半面、私たちはサービスの享受者という「与えられる者」になっていまったのではないかと著者は警鐘を鳴らします。

 役所にサービスの充実を求めてクレームを言う市民、なんとかしてくれと訴える客、もともと市民性というものはサービスを享受する側ではなく、自治を自ら行う「主体」であったはず、と著者は指摘します。自分たちの出来ること(出来たこと)を自分たちで失っているような、そんな危うさが現代にはあります。著者は「基礎体力の衰退」と表現しています。

知性とは、思考の肺活量

 最終章では、本書のタイトル「わかりやすいは、わかりにくい?」ということの意味が解説されています。著者の上手い表現を引用すると、知性とは、わからないことをわからないままに、それでも深く思考すること、と言えると思います。著者は、それを「思考の肺活量」と表現します。

 例えば、水の中に潜るとき、肺活量が少ないとすぐに息が切れてしまって、水面に浮かんでしまいます。思考も同じで、よくわからない現象に対する耐性がないと、とにかく分かりやすい答えを求めて、自分の知っている枠の中にはめ込んで解釈しようとしてしまう、と著者は言います。今は、何でも分かりやすい表現、分かりやすい考え方、分かりやすい説明が求められていて、私たちは分かりやすい事柄を「情報」として得ることは当然だと思っています。学校で子どもたちに教えていることも、いかに知識を分かりやすく説明して分かりやすく伝えるか、ということのように感じます。

 でも、「知性」とは、そうした「情報」の伝達だけではないはずです。情報をもとにして、そこからさらに深く考えていくことが「思考」であり、思考によって身につくものが「知性」ではないかと思います。情報の受け手、サービスの受け手、知識の受け手に慣れてしまった私たちは、答えの出ないことを分からないままに考える「知的体力」、著者の表現では「肺活量」を減らしてしまっているのかもしれないですね。

 では、どうすれば「分かりにくい」ことから逃げずに考えられるようになるのか。著者は、「分かりやすさの誘惑にあらがって」「見えているのに誰も見ていないものを見えるようにする」ために、自分のまなざしを組み替えて、自分の世界の外側を見てみよう、と提案しています。そうやって自分自身を更新していく経験が大人には必要なのです。凝り固まった知性をほぐして、もっと柔軟に物事を見てみなくてはいけませんね。

 

2024年2月17日 読了 

千葉雅也『勉強の哲学 来たるべきバカのために』_感想

 

来たるべきバカとは何ぞや

 新年早々、衝撃的なニュースが続きます。自分にできることは何だろうな、と考えてみて、やはり相変わらずの日常を送ることなのだろうかと思いつつ、邪魔にならない気持ちを寄付という形で信頼できる機関に託すのが一番良いのだろうかと思ったりしています。

 昨年末から読み始めた本著ですが、なかなかに言葉が難しく、すんなりとは読めなかったので年を越してしまいました。著者いわく、学ぶことは自分を壊すこと、特に言葉の違和感には敏感になるべし、いつもと違う言葉を言葉の意味を意訳して理解するのではなく、語感そのものを味わってほしい。読んでいる最中は、よく理解できませんでしたが、読み終わった今は著者の言わんとしていることが分かります。例えば、漢詩を読むとき、意味はよく分かりませんが、昔は通読といってとにかく語感を感じることに重点を置いた読み方がされていました。最初はよくわからなくても読んでいるうちに言葉は自分の血肉になって頭の中に溶け込むのかもしれません。残念ながら私たちの世代は、もうそのような勉強の仕方をしていませんし、私たちの子どもの世代となると、意味のないことに時間を割くのは悪でさえあるという認識ではないかと思います。

 本著は「学ぶ」「勉強する」ということについてフランス哲学思想を通して、どういうことなのか定義しなおしている書籍です。言葉づかいは平易ですが、理解するのは少し難しい気がします。何度も同じフレーズを読み返して、分かったような分からないような、そんな感覚で最後まで進む感じです。

 タイトルの、来たるべきバカのために、とはどういう意味なのか。読み終えた後もはっきりとは分かりませんが、著者いわく勉強するということは自分を壊すということであり、いったんは馬鹿になるということのようです。あるいは、批判的なモノの見方や、斜めから見る見方を超えて、真に自分のこだわりに到達するということかもしれません。それは来たるべきバカである、ということのようです。

本当の勉強とは、本の読み方から書き方まで

 本書の構成は分かりやすくまとめられており、中身を理解できるかどうかは別として、後半部分には実践的な勉強の仕方も紹介されています。

 一つには、学ぶ時の読み方について。著者いわく、学ぶことの大半は読むことであり、学校で先生から知識を教わるのはその手助けにすぎないとのこと。何かを学ぶ時には、まずは入門書を数冊読んで、それらに書かれた語句や用語を確認するために教科書を使い、最終的には研究書や専門書にあたる、ということがお勧めされています。入門書も1冊ではなく複数を読むこと、読んで理解できない言葉は、理解できないままに言葉として受け止めること、本の著者の考えと自分の考えを混同しないようにすること、などが書かれています。有益な情報は常に自分の目で探すことが大切です。

 次に書くことについて。書けないと思っている人は、一気にたくさんの文章を書かないといけないと思うから書けないのだと著者は言います。そうではなくて、まずは考えたことを箇条書きにしてみる、間違っていても気にせず、思考があちこちに飛んでも気にせずに思いつくままに箇条書きにしてみると、それがアウトラインとなって自然に書くことに対して抵抗がなくなると言います。著者はEvernoteなどのアプリを活用して箇条書きのメモをまとめたり情報のクリップを勧めています。そして、手書きの箇条書きメモは文字の制限がかかるからこそ、自分の考えのエキスを濃縮することが出来てお勧めだと言います。要は書くことによって考えをまとめていくということが有効なようです。

仕事でも活かせる勉強の哲学

 本書は増補強の哲学が仕事でも活かせることが巻末にまとめられています。勉強の哲学から創作の哲学へ、どのようにしたら新たな自分を作り直せるのか、ということが軽いノリで書かれています。自分自身の感覚に合う仕事の仕方とは、人との付き合い方とは、というヒントが得られる内容です。

 分からない言葉を分からいままに受け止めた時のように、他人の考えや言動も、ただそのままに受け止めたらどうだろうか、そうなると、現実を超越して捉えることが可能となり、随分と生き方が楽になるような気がします。常識に縛られずに現実をありのままに受け止めてみること、それ自体がそれまで自分が正しいと思っていた大地をひっくり返して壊すことでもあり、同時に何者にもなれる自由を得ることにもなります。

 学ぶことは自分の常識を壊すこと、壊した先に次の何かを創ること。

 来たるべきバカのために、自分を壊し続ける努力が大切なんだと感じました。何言ってるのかちょっとよくわからない、という方は、ぜひ本書を読んでみていただきたいと思います。不思議と読後は納得感で溢れますから。

 

2024年1月3日 読了

坪田一男『GO OUT 飛び出す人だけが成功する時代』_感想

 

飛び出す人がキャリアを築く

 表紙にもあるように、著者は慶応大医学部の教授で日米の医師免許を持つ眼科医&アンチエイジングの専門医であり、スタートアップ上場企業の社長でもあり、ハーバード大に留学したり、60歳を過ぎてからMBAを取得したりされている方です。誰もが羨むようなキャリアの持ち主ですが、そんな著者の成長するためのメソッドが込められた一冊になっています。

 著者の主張はいたってシンプル。広い世界にGO OUT(飛び出せ!)しなさい、というもの。これまでの著者の経験をもとに、自分の枠から飛び出すことの必要性とメリットが書かれています。読むほどに納得する内容で、読後はなんだか自分も飛び出せそうな気がしてきて勇気が湧いてきました。

 さて、GO OUTとは、今の安定した状態に留まらずにどんどん新しいことを始めてみよう、と提案するものです。平均寿命が延び、人生100年時代と言われる時代になり、若いころに学んだスキルだけで60代~100歳までを生きることは、もうすでに難しくなっています。60代以降は、生活のために働くのではなく、自分自身をアップデートするために学んだり働いたりして過ごさなくてはならない、そんな思いから、「やりたいことがあるなら、失敗を恐れずに挑戦するべき」と著者はいいます。そうやって自分の殻を割り続けた人だけが人生のキャリアを積むことができるのです。

T型人材を目指そう

 でも、日本の社会では人と違うことをすることは、まだまだハードルが高いようです。著者は眼科の勤務医として働きだしてから5年後の30歳で海外の大学への留学を希望しますが、医局の先輩からは、留学は10年以上キャリアを積んでから行くものだと諭されます。でも著者は、そんな慣習よりも自分の人生を大切にしたい、自分の思うタイミングで行きたいと希望し、ハーバード大への留学を実現させました。本書には詳しくは書かれていませんが、周りの医師の反発は大きかったのだろうと思います。日本で、人と違うことを選択するには大きな勇気が必要です。そして、社会人として働くうちに、長いものに巻かれて、自分のコンフォートゾーンから抜けられなくなり、新しいことへの挑戦を諦めてしまう人が多いのだと言います。

 そんな、著者がおすすめするスキルアップが、T型人材を目指すというもの。会社の中では様々な部署を転々としますが、いずれも同じ会社の中の経理であったり営業であったり企画であったりと、会社の中で通用するスキルでしかありません。それでも、経験を通してそれらのスキルを身に着けることは会社の中での自分の有用性を高め価値を高めることになります。これを著者は「深化」と呼んで、どんな人も、まずは深化を身に付けなければ始まらないと説きます。著者が様々なキャリアを得ることができたのも、医師という自分のベースとなるスキルがあったからだと言います。

 そのうえで、挑戦したいのが自分の普段の枠を超える「探索」というものです。自分の仕事とは少し離れたところで新しいことに挑戦してみる、新しい出会いを求めてみる、そうすることにより、これまでは縦方向の伸びしかなかったⅠ型人材だった人が、横方向に別のスキルを持つT型人材になり、世界が広がるというのです。そして、残念ながら日本の会社には小さなT型人材がたくさんいるとのことで、著者がお勧めするのはもっと大きなグローバルなT型人材を目指すというものです。

基本的な努力で深めて広げる

 本書の後半では、著者が年間200冊の本を読むことで初対面の人とでも会話できる知識を蓄積できていることや、世界で自分の意思を伝えるなら英語を読めることや話せることは必要最低限のスキルであることが書かれていて、やはりキャリアアップには地道な努力が大切なのだということが分かります。

 そして何よりも、世界を目指すわけではなくても、今日の自分が昨日の自分よりも少し進んでいること、明日の自分は更に進んでいるであろうことを確信できる、その気持ちが重要なのだと思いました。人生も半ばを過ぎると、守るものが増えてしまって、なかなか外の世界には飛び出せなくなってしまいがちですが、いくつになっても新しいことを学ぶことは大切なのだと思います。

「すべてのものは学ぶことができ、すべてのものは教えることができる」

人生100年時代の今なら始めるのに遅すぎることはないようです。読後は勇気が湧いてくる、そんな一冊でした。

 

2023年12月22日 読了

 

 

新田 龍『問題社員の正しい辞めさせ方』_感想

 

雇うのは簡単だけど…

 「辞めさせる」というと少し酷いことをするようなイメージがわきますが、実際のところ、どこの企業にも「使えない人」というのは存在していて、彼らが周りに及ぼす影響は看過できないものがあります。危険分子を放置しておくと職場全体の士気が下がってしまうので、職員の処遇を整えて誰もが働きやすい環境を作ることは使用者側の責務です。が、辞めてほしい人に「辞めてよね」ということは簡単ではありません。本書は合法的な退職までの手順と注意事項がまとめられています。人事担当の方なら必ず頭を悩ます「使えない上に悪影響をもたらす人」をどうするか問題が予防策も含めて解決するのではないかと思います。

 日本の労働者は法律で手厚く守られている存在。どちらかというと法律は労働者の権利を擁護する立場で作られているので、使用者側が社員を辞めさせるのは簡単ではありません。また、昨今は色々な情報がネットで簡単に得られるため、例えば、辞めさせられそうなときのゴネ方が出ていたり、法的に対抗して慰謝料を請求しよう、みたいなサイトがあったりもします。もちろん、ブラック企業で働いていて不当に解雇される危険のある人にとっては有益な情報ではありますが、真面目に経営している会社にとっては脅威そのものです。雇うのは簡単でも辞めさせることは難しいのです。

まずは就業規則を整える

 そこで、筆者が勧めるのは、まずは就業規則の作りこみです。常時10人以上の従業員を使用する使用者は、労働基準法の規定により、就業規則を作成し、所轄の労働基準監督署長に届け出なければならないとされています。厚労省のホームページには就労規則のひな型も掲載されているので、基本的な内容であれば誰でも簡単に作れるようです。筆者は、就業規則にできるだけ具体的な記載をしておくことを勧めています。例えば、遅刻を繰り返す社員に「勤務怠惰」として注意を行う場合でも、就業規則で具体的な回数や程度を定めておけば、事務的に処理をすることが可能となります。例えば遅刻10回で書面注意、20回で減給、30回で出勤停止など、段階的に処分を重ねることが出来れば、その履歴を持って社員を辞めさせる正当な理由付けが可能となります。

 次に重要なのは、口頭ではなく書面で残すこと。上司からの部下に注意する場合、日常の些細な注意は口頭で済ましてしまいますが、度重なるミスや素行の悪さには、市怒りと書面で注意をして、相手にも注意書を受け取ったことの確認を求めるように、とアドバイスがされています。こうした小さな指導の積み重ねが、裁判などでは重要な証拠として、会社側が不当に解雇するものではないことを証明することができるのです。こうしたことは、一度社内で制度化してしまえば難しいことではないように思います。社員も何をしたら罰せられるのか、どういう態度が望ましいのか、ということが明確にわかるので不要なトラブルを回避することにもつながると思います。

社員をしっかり支援しよう

 そして、筆者のお勧めする究極の退職勧奨方法は、ずばり「太陽方式」というもの。社員のスキルアップや能力開発を会社が全力でバックアップして、とことん応援する、チャンスを与える、などの教育を行うことが大切だといいます。それで社員が育ち、仕事がこなせるようになれば、もう辞めさせる理由はありませんし、逆に会社の熱すぎる教育に嫌気がさす人は、そもそも真面目に働く意思が弱いので、自然と自己都合退職につなっがっていくというものです。

 これも、いざ実行するとなると難しいように思いますが、自社に応じた研修体形などを一度作ってしまえば、あとは社員の状態に応じて淡々と教育機会を与えていくだけで実現可能となります。そして、それは会社として社員の育成に力を入れているということであり、決してマイナスには評価されないものなので、もし不当解雇で訴えられたとしても十分に勝てる要素となるのです。

 今回は、社員をいかに円満に辞めさせるか、という人事担当者でなければ手に取らないような書籍を読んでみましたが、組織経営のノウハウが至るところにちりばめられており、人事担当でなくとも部下を持つ人にとっては示唆に富む内容だったと思います。仕事をするうえで、最も厄介なのは人間関係ですから、知っておいて損はないな、と思いました。

 

2023年12月15日 読了

山口真一『炎上とクチコミの経済学』_感想

 

情報拡散の表と裏

 一億総メディア時代と呼ばれる現代では、誰もが情報の発信源になれると同時に、誰もが簡単に誰かの言葉に反応して傷ついたり励まされたりしています。本書はネット上で「炎上」が起こるメカニズムを計量経済学の手法で数値的に明らかにし、その予防法や対処法が詳しく解説されています。2018年の書籍なので、少し内容が古くなっているところもあるかと思いますが、著者いわくデータ分析をもとにした初の炎上マニュアル本ということで、会社で広報を担当されている「中の人」には必読の書だと思います。広報を担当していなくとも、何かトラブルが起きた時の対処法として、ネット上の炎上案件以外でも色々と役に立つ考え方が掲載されていますので、営業職や窓口業務の方にも参考になると思います。

 さて、「炎上」は、バイト店員がコンビニのアイスケースに入って撮った写真をSNSに掲載したところ、拡散されアンチコメントがついて、ついにはコンビニが閉店まで追い込まれるといったような、ネット上の過剰な反応が実社会にも影響することをいいます。一方で「クチコミ」は商品を購入したりサービスを利用した消費者がネットの通販サイトなどに良かった点や悪かった点を書いて商品や店を評価することです。そもそも、この2つは全く違う行為ではありますが、その実、よく似たメカニズムがあると著者は言います。炎上の元となる投稿をする人は、特に深い考えはなく投稿をしてしまうわけですが、それを拡散したりアンチコメントを書いてしまう人の心理は、クチコミを書く人の心理ととても似ているようです。双方とも、間違ったことはいけないという「正義感」や人の役に立ちたいという「親切心」から書いているケースが多いとのことで、誰もが情報を発信できる立場にある現代特有の行動様式だとも思えます。

大炎上を引き起こすのはワイドショー

 ネットの投稿はどのように拡散されて炎上していくのか、興味深く分析されています。実はSNSへの投稿自体は最初はそれほど多くの人に拡散されるわけではないのですが、それがネットの「まとめ記事」に取り上げられ、次に噂の話題としてテレビのワイドショーなどで取り上げられることによって、ネットとは無関係の人にも知れ渡り、あたかも重大ニュースや社会問題のように捉えられてしまう、これが会社の株が下落するような大炎上の起こるメカニズムになっているようです。

 情報を発信する側の予防策としては、誤った情報を発信しない、不確かな情報を発信しない、情報を捏造しない、必ず複数人で投稿内容をチェックする、センシティブな話題には最新の注意を払う、発信のタイミングを考える、などが挙げられています。特に、正しい情報を発信していても、それを発するタイミングによっては内容と無関係にバッシングを受けてしまうケースもあり、例えば災害時の楽天的な発信などには注意が必要です。広報担当の中の人も、なかなかに大変ですが、「空気を読む」ということが何よりも重視される時代になってしまったようですね。そして、当然のことではありますが、間違った情報を発信しないなど、発信する側の責任をしっかりと認識することが大変重要だと思いました。これは企業も個人も、責任の重さは同じですよね。

炎上してしまったら

 予防をしていても炎上してしまったら、まずは事実関係を冷静に見極めることが大切なようです。炎上や拡散の規模はどのくらいの範囲か、批判やコメントの内容は妥当なものか、こちらを擁護する意見もあるのか、炎上参加者のアカウントは攻撃目的のものではないかなど、自分たちが発信した情報のどこに反応されて、どのような属性の人が批判をしているかを分析することで、自分たちの情報に非があるのか、それとも反応者の側が偏っているのかを把握することが出来ます。そのうえで、自分たちの発信に非があるのであれば直ぐに撤回し謝罪するなどの対応をとる必要がありますが、逆に非がないのであれば発言を撤回せずに主張を貫くという態度も大切だと言います。

 これは例えばクレーマーへの対応でも同じことが言えると思います。非がないのに、その場を早く収集したくて適当に謝罪したりすると、言葉の挙げ足を取られてかえって事態が悪化することになりかねません。揉めたときは、まずは冷静に状況確認が大切です。

 他にも、隠蔽しない、言い訳をしない、など人間関係のトリセツと炎上のトリセツがよく似ているなと感じました。これは、ある意味では、情報発信というのは、不特定多数の誰かに伝えているのではなくて、自分の家族や親友に伝えていると思って愛情ある発言を心がけよ、ということなのかもしれません。言葉を大切に、情報は愛情を持って扱いたいと思いました。

 

2023年11月23日 読了

今井芳昭『影響力 その効果と威力』_感想

 

身近にある様々な影響力

 私たちの社会は人と人との関わりあいの中で成り立っており、常に他の人から影響を受けながら自分というものが存在しています。本書は、影響力がある、というのはどういうことなのか、なぜ私たちは影響を受けてしまうのか、という疑問に社会心理学の観点から分かりやすく解説されています。社会心理学の研究成果も多数紹介されていますので、社会学や心理学の入門書としても興味を持って読み進めることができます。特に、集団における影響力というテーマでは、日常の交渉事や組織での意思決定など、なぜそうなるのかということが影響力という側面から解き明かされていて大変参考になりました。

 さて、影響力の基本は、私たちの脳が賞を獲得し罰を回避するようにプログラムされていることから、「賞影響力」と「罰影響力」がベースとなります。お手伝いをしたらお小遣いがもらえるとか、勉強しなかったら遊びに行けない、などです。これは賞罰のコントロール力を持つ人から持たない人への影響力になります。次に、専門的な情報を持っていることや、高い地位にいることも影響力を持つことにつながります。有識者の意見が尊重されて支持されるのはそのためです。それらが合わさると「権威」となり、社会的に大きな影響力となります。また、芸能人やスポーツ選手など、受け手が魅力や好意を感じる人も、その人の意思とは無関係に影響力をもちます。ファッションリーダーやSNSでバズってる人などが大きな影響力を持つのは、受け手側の要因によるものが大きいといえます。このほかにも影響力を持つ人と繋がりがあることによって生じる対人関係影響力、相手の共感を誘う共感喚起影響力、自分と相手の役割に基づいて相手に決められた行動を取るように働きかける役割関係影響力があると紹介されています。

誰でもが影響を与え合っている

 影響を受けるかどうかは与える側はなく受け手側の認識に依存していると著者は言います。芸能人のインスタを見て自分も同じものを買うとか、隣のテーブルの会話を聞いてランチのメニューを決めるとか、そういう影響はいうなれば受け手が勝手に自分にとって得になると考えて行動しているだけのことです。しかし、集団内では、影響の受け手と与え手が相互に影響しあいます。集団で作業を行うと一人で作業するよりも一人当たりの作業量が何故か落ちてしまう、自分の考えとは違っていても選ぶ人が多い方を選んでしまう、など集団では互いに影響しあうために非効率な選択が行われてしまうことがあるようです。

 そして、通販サイトの構成を例に挙げて、私たちがモノを選ぶ際に重要視していることは、実は自己の「コントロール感」であることが説明されています。私たちは何かを決める際に、無意識に自分のかけた時間や手間が多い方を選んでいるようで、例えば通販サイトでは、商品の説明に加えて、売り上げナンバーワンとか、使用者の口コミなどを読んで、自分自身が納得して選んだのだという感覚を得られるように作られています。こうした自分自身が考えて選んでいるというコントロール感は、私たちの精神的健康にとても重要な要素のようです。消費者は、自分で好きなものを好きなように選んでいるという感覚を無意識のうちに与えられているのかも知れません。

 これまで、自分の考えは自分が決めたり判断したことのみで構成されていると思っていましたが、実際は周りの環境や人間、情報から様々な影響を受けて出来上がっているのだということに気づきました。そして、人間関係の中では自分自身も相手に何らかの影響を与えていて、それがまた自分自身にフィードバックしているのだと思います。そのように考えると、例えば会社の組織や、家族の関係なども、少し捉え方が変わってきます。会議や交渉の場でも、自分が何に影響されるのかを知っておくと、より冷静に判断できそうです。

 

2023年11月10日 読了