長寿の秘訣は性格だった?
著者は精神科医で発達障害や愛着障害、母子関係などの著書を多数書かれています。精神科医と長寿研究はあまり関係がないように思いますが、本書では、アメリカで行われた80年にもわたる子どもの能力についての追跡調査から明らかになった長寿の人たちに見られる傾向について、著者ならではの視点から分かりやすく解説しています。長寿の要因は、体質や運動習慣、食生活だけでなく(それも勿論大切ですが)、なによりも性格によるものだったというセンセーショナルな内容で、読むほどに納得することしかりです。
もともとは、アメリカの心理学者であるルイス・ターマンという方が、子どもの才能が遺伝的な要因によるものであるのか、生育環境によるものであるのかを明らかにしようと、優秀な児童1500人を抽出し、成育歴や家庭環境、大人になってからの職業など30年以上にわたって追跡調査を行った膨大なデータから、彼らが高齢期を迎え死亡するまでの記録によって、どのような生き方をした人が何歳まで生きたのか、あるいは何歳までしか生きられなかったのか、という因果関係が副次的に明らかになったというものです。ターマンの研究は彼の死後もフリードマンという研究者に引き継がれ、人間の子ども時代から死亡時までのデータを解析するという壮大な研究が実現したということで、こうした社会的な研究の凄さに驚きます。著者と一緒に驚きと興奮をもって研究成果を見ていくという感じで、面白くて一気に読み進めてしまいました。
長生きする性格と早死にする性格
では、長生きする性格とはどのような性格なのでしょうか。明るい人?社交的な人?行動的な人?情熱的な人?と、なんとなく明るくてエネルギッシュな人が身体も丈夫で健康そうだし長生きするのではないかと思いがちですが、ターマンとフリードマンの研究から明らかになった長寿の性格は、意外にも「地味で」「勤勉で」「真面目な」人でした。日々の生活をコツコツと真面目に丁寧に送っている人が長生きしているという結果でした。どうして、真面目で勤勉であることが長生きと結びつくのでしょうか。
著者はアリとキリギリスの寓話をあげています。寓話ではキリギリスは冬の備えをしていなかったがために食べ物がなくなり飢えてしまうわけですが、著者はアリの「勤勉性」というものが、危険や不安に対する「用心深さ」であり、節制をしたり規則正しい生活を送る「自己コントロール」、さらには伝統や習慣を尊重したり管理を行う「秩序愛」につながっており、これが生命を危険から遠ざけて、仲間をつくり、他者に寛容でいられる性格を作るのだと説きます。つまり、真面目な人は、規則正しい生活を送り、社会のルールを守り、仲間を大切にすることから、自然と病気や事故にあいにくくなること、勤勉に働くことで生活が安定し、高齢期になっても生きがいを失わずに人と関りを持ち続けることができること、これが長寿の秘訣のようです。
一方で長生きしにくい性格というものもあるといいます。勤勉や真面目の反対で、浮き沈みが激しく感情が不安定であったり、仕事やパートナーとの関係が長続きしなかったり、物事をアリとナシの2択で考えてしまう破局的思考であったり、こういう人は生活習慣が安定せず、人間関係も継続できないため孤独になりやすく、結果的に病気や事故にあう確率が高くなってしまうようです。
性格の形成は愛着から
では、そもそも性格というのはどのように形成されるのでしょうか。持って生まれた気質というものもありますが、著者は性格は幼少期の愛着関係から形成されると説きます。例えば、両親が離婚した子どもの寿命は、離婚しなかった場合と比べて平均で5年短くなっており、幼少期の愛着形成がいかに影響をあたえるかがわかります。両親が離婚をした後、子どもは別々に暮らす二人の親への愛情を抑制したり我慢したりせねばならず、大きなストレスとなるようです。こうした葛藤が人との愛着形成に影響するのだと著者は言います。愛着形成が上手く図られないと、自分の安全を確認できるよりどころを見失ってしまい、過度に依存的であったり破局的思考であったり、その後の性格形成に影響が出てしまうようです。逆に、幼少期に愛着形成が図られなかった人でも、大人になって信頼できるパートナーに出会い、良好な関係を築くことによって愛着関係を取り戻すことも可能であるといいます。安心できる人間関係を持つことによって、精神が安定し、前向きで受容的な性格が培われるのです。
本書の後半では、作家や画家などの芸術家に、短命な人が多い中で、ピカソが長生きできた理由や、ドストエフスキーがなぜ創作のストレスに耐えられたのかなど、芸術家の生きざまが紹介されています。共通することは、彼らは破天荒な人生であり、性格も長寿向きではなかったけれども、晩年に信頼できるパートナーに出会えたこと、生活が不安定であっても、仕事に情熱を持ち真面目に打ち込めたことが大きな要因ではないかといいます。働くことによって社会との繋がりを保ちつつ、規則正しい生活を送ることは、精神衛生上も身体を健康に保持するうえでも大切なのだと思いました。
特に、歳を重ねてからの信頼できる人間関係というのは、本当に大切なのだなと痛感しました。何気なく接しているパートナーや友人が、実は自分の健康を支えてくれている重要人物だったりするわけです。もっと感謝して大切にしなくては、ですね。
2023年11月5日 読了