ROBOBO’s 読書記録

読んだ本の感想です。

平田オリザ『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』_感想

 

伝えたい、という気持ち

著者は国際的に活躍されている劇作家、演出家として有名ですが、実は相当な教育者でもあります。本書にも登場しますが、日本各地の小中学校でコミュニケーション教育を実践されて、子ども達に演劇活動を通した学びを提供されている方です。なぜ演劇が学びになるのか、そんな疑問もあって手に取った一冊です。

社会に出たら、頭の良さよりも何よりもコミュニケーション力が大切だと多くの人が感じています。採用担当者が採りたい学生は、今も昔も「体育会系」か「アルバイトをたくさんしている学生」が1番だそうです。

コミュ力が高い学生というのは、カテゴリーの違う人達(体育会系なら目上の先輩、アルバイトならお客さん)とも意思疎通ができて、一緒に活動ができる人。実は、この自分と違う背景を持つ人々といかに意見を交わして、目的に向かって合意形成を図っていくのか、これこそが今一番求められているスキルなのですね。

著者は、今の子ども達や若者のコミュニケーション能力が低下しているわけではないと言います。どちらかというと、本当にコミュ力が低いのは50代くらいのオジサンではないかと。ただ、今の若者や子どもたちは、コミュニケーションに対する意欲や欲求の低さ、必要性が低下しているのではないかと指摘します。「伝えたい」という気持ちが子どもたちの側になければ、スピーチやディベートなどの「伝える技術」を教えても意味がありません。そして、「伝えたい」という気持ちは、「伝わらない」という経験からしか生まれないのではないかと指摘します。

コンテクストの違いを受け入れる

演劇の授業の中で、例えば、電車でたまたま横に座った知らない人に話しかけるという場面。セリフは「旅行ですか?」の一言なのですが、高校生に演じさせると、どうも上手く言えないそうです。今の高校生は、そもそも、知らない人に話しかけることがないし、なんで隣に座った人にわざわざ「旅行ですか?」と聞くのか、この発話をする人物の気持ちや聞かれた相手の風貌や様子はどんな感じなのか、そのシーン全体の背景を理解しないと、簡単な「旅行ですか?」のセリフは言えないはずだと著者は言います。そして、それはコンテクストの違いであると。コンテクスト、つまりその人物や物事の背景(文化や思想、環境など)が自分のものと違っていると、コミュニケーションが上手くとれなくなります。そして、対話をするということは、このコンテクストの差異を理解して、擦り合わせて、一つにまとめるということのようです。

著者が演劇の授業で目指すものは、まさに、この「違っている」人間同士が、お互いの違いを認めたうえで、対話をすることによって、一つのモノを形成していく、価値を生み出していく、そのプロセスを体験することだといいます。『わかりあえないことから』という本書の題名も納得がいきます。

協調性から社交性へ

これまでは、長いものに巻かれていれば、そこそこ生きていけた時代でした。そこで求められるのは規範性や協調性、日本人が得意としてきた社会との関わり方で良かったのです。でも、これからの時代は、大きなものが皆を包んでくれる社会ではなくなりそうです。そこには多種多様な思想を持つ人がいて、様々な主張があり、個人の権利や利得も細分化して、全体でまとまる、ということがだんだん難しくなっているように感じます。

著者は、生き方や価値観が多様になり、人々がバラバラになっていくからこそ、「バラバラな人間が、価値観はバラバラなままで、どうにかしてうまくやっていく能力」が必要になるのだといいます。心からわかりえること、それが理想ではありますが、わかりあえないとしても、共通点を探して、理解して、同じ目標に向かって進んでいくこと、これがこれからの子どもたちに身につけさせたい力ではないかと。

そして、コミュニケーションとは、存外、それだけのものであると。それだけのものであるからこそ、構えずに、枠を決めすぎず、守りすぎず、素直に自分を出しつつ、相手の言葉も受け止める、そんな社交性を磨きたいものだと思いました。

 

2023年3月10日 読了