ROBOBO’s 読書記録

読んだ本の感想です。

岡田尊司『真面目な人は長生きする 八十年にわたる寿命研究が解き明かす驚愕の真実』_感想

 

長寿の秘訣は性格だった?

 著者は精神科医発達障害愛着障害、母子関係などの著書を多数書かれています。精神科医と長寿研究はあまり関係がないように思いますが、本書では、アメリカで行われた80年にもわたる子どもの能力についての追跡調査から明らかになった長寿の人たちに見られる傾向について、著者ならではの視点から分かりやすく解説しています。長寿の要因は、体質や運動習慣、食生活だけでなく(それも勿論大切ですが)、なによりも性格によるものだったというセンセーショナルな内容で、読むほどに納得することしかりです。

 もともとは、アメリカの心理学者であるルイス・ターマンという方が、子どもの才能が遺伝的な要因によるものであるのか、生育環境によるものであるのかを明らかにしようと、優秀な児童1500人を抽出し、成育歴や家庭環境、大人になってからの職業など30年以上にわたって追跡調査を行った膨大なデータから、彼らが高齢期を迎え死亡するまでの記録によって、どのような生き方をした人が何歳まで生きたのか、あるいは何歳までしか生きられなかったのか、という因果関係が副次的に明らかになったというものです。ターマンの研究は彼の死後もフリードマンという研究者に引き継がれ、人間の子ども時代から死亡時までのデータを解析するという壮大な研究が実現したということで、こうした社会的な研究の凄さに驚きます。著者と一緒に驚きと興奮をもって研究成果を見ていくという感じで、面白くて一気に読み進めてしまいました。

長生きする性格と早死にする性格

 では、長生きする性格とはどのような性格なのでしょうか。明るい人?社交的な人?行動的な人?情熱的な人?と、なんとなく明るくてエネルギッシュな人が身体も丈夫で健康そうだし長生きするのではないかと思いがちですが、ターマンとフリードマンの研究から明らかになった長寿の性格は、意外にも「地味で」「勤勉で」「真面目な」人でした。日々の生活をコツコツと真面目に丁寧に送っている人が長生きしているという結果でした。どうして、真面目で勤勉であることが長生きと結びつくのでしょうか。

 著者はアリとキリギリスの寓話をあげています。寓話ではキリギリスは冬の備えをしていなかったがために食べ物がなくなり飢えてしまうわけですが、著者はアリの「勤勉性」というものが、危険や不安に対する「用心深さ」であり、節制をしたり規則正しい生活を送る「自己コントロール」、さらには伝統や習慣を尊重したり管理を行う「秩序愛」につながっており、これが生命を危険から遠ざけて、仲間をつくり、他者に寛容でいられる性格を作るのだと説きます。つまり、真面目な人は、規則正しい生活を送り、社会のルールを守り、仲間を大切にすることから、自然と病気や事故にあいにくくなること、勤勉に働くことで生活が安定し、高齢期になっても生きがいを失わずに人と関りを持ち続けることができること、これが長寿の秘訣のようです。

 一方で長生きしにくい性格というものもあるといいます。勤勉や真面目の反対で、浮き沈みが激しく感情が不安定であったり、仕事やパートナーとの関係が長続きしなかったり、物事をアリとナシの2択で考えてしまう破局的思考であったり、こういう人は生活習慣が安定せず、人間関係も継続できないため孤独になりやすく、結果的に病気や事故にあう確率が高くなってしまうようです。

性格の形成は愛着から

 では、そもそも性格というのはどのように形成されるのでしょうか。持って生まれた気質というものもありますが、著者は性格は幼少期の愛着関係から形成されると説きます。例えば、両親が離婚した子どもの寿命は、離婚しなかった場合と比べて平均で5年短くなっており、幼少期の愛着形成がいかに影響をあたえるかがわかります。両親が離婚をした後、子どもは別々に暮らす二人の親への愛情を抑制したり我慢したりせねばならず、大きなストレスとなるようです。こうした葛藤が人との愛着形成に影響するのだと著者は言います。愛着形成が上手く図られないと、自分の安全を確認できるよりどころを見失ってしまい、過度に依存的であったり破局的思考であったり、その後の性格形成に影響が出てしまうようです。逆に、幼少期に愛着形成が図られなかった人でも、大人になって信頼できるパートナーに出会い、良好な関係を築くことによって愛着関係を取り戻すことも可能であるといいます。安心できる人間関係を持つことによって、精神が安定し、前向きで受容的な性格が培われるのです。

 本書の後半では、作家や画家などの芸術家に、短命な人が多い中で、ピカソが長生きできた理由や、ドストエフスキーがなぜ創作のストレスに耐えられたのかなど、芸術家の生きざまが紹介されています。共通することは、彼らは破天荒な人生であり、性格も長寿向きではなかったけれども、晩年に信頼できるパートナーに出会えたこと、生活が不安定であっても、仕事に情熱を持ち真面目に打ち込めたことが大きな要因ではないかといいます。働くことによって社会との繋がりを保ちつつ、規則正しい生活を送ることは、精神衛生上も身体を健康に保持するうえでも大切なのだと思いました。

 特に、歳を重ねてからの信頼できる人間関係というのは、本当に大切なのだなと痛感しました。何気なく接しているパートナーや友人が、実は自分の健康を支えてくれている重要人物だったりするわけです。もっと感謝して大切にしなくては、ですね。

 

2023年11月5日 読了

長山靖生『不勉強が身にしみる 学力・思考力・社会力とは何か』_感想

 

なぜか不勉強な私たち

 とある資格を取ろうと思いたって久しぶりに勉強というものを始めてみたものの、体力が落ちているのか、忍耐力がどこかに行ってしまったのか、それとも日々の暮らしに余裕がなさすぎるのか、とにかく進捗しないまま半年が過ぎてしまいました。思えば学生のころからそうであったような…。子どものころに何故もっと真剣に勉強しなかったのかと悔やんでいる大人の何と多いことでしょうか。

 「不勉強が身にしみる」の言葉通り、大人になればなるほど歳を重ねれば重ねるほど、自分がいかに小さくて無知であるかを思い知らされます。かくいう著者も学校の勉強というものに関心が持てずに授業中は好きな小説を読んで過ごしていたそうで、おそらく多くの人が漫画を読んだり、今ならスマホをいじったり、なぜか学校の勉強には集中できていなかった人が多いように思います。なぜなのか。本書は、学ぶとはどういうことなのかを改めて考えるきっかけになりました。

ゆとり教育は間違いだったか

 本書の中で、著者はゆとり教育の弊害を述べています。ゆとり教育は、それまでの詰込み型の教育からの方向転換として、狭義には2002年度から2010年度くらいまで行われました。小中高とも授業時間が大幅に削減され、教科書も薄くなり、知識を詰め込むことこら、考えることに主眼を置く指導となりました。成績評価もクラスの中での相対評価から個人の絶対評価となるなど、競争することが求められなくなり、結果として学力の低下を招く原因になったとも言われています。

 その後、学習指導要領が改定されて今度は逆に教科書が分厚くなり授業時間数も大幅に増えて、ゆとり教育の揺り戻しの時代になります。そして、今の子どもたちは、ゆとりでも詰込みでもない「主体的で協働的な学び」という新しい教育にシフトしています。さらにはコロナ危機を契機として、タブレット端末が全小中学校に導入され、デジタル教科書の使用も進みました。宿題はプリントやドリルではなく、タブレット画面で作成して、夜のうちに先生に送信して提出します。今話題になっているchatGPTのようなAIを小学生が使いこなす日もすぐそこだと感じます。

 こうして国の方針で変遷してきた学校の勉強ですが、著者はゆとり教育への転換自体が間違っていたわけではないと言います。ただ、学習の到達度合いをテストの点数ではなく、本人の意欲や思考力、表現力で評価しようとしたところが、いつの間にか学校システムによって人間を全人格を含めて評価するという方向に転換してまったことに問題があったと指摘しています。また、ゆとり教育がそれまでの知識詰込み型教育に対抗して「自ら考え、自ら学ぶ」ことに重点が置かれてきたことについても、自ら考えるということは、ベースとなる知識があって初めて可能となることであり、知識の習得と深い思考は切り離せるものではないと指摘します。自分の考えを伝えようと思えば、まずは言葉を知らなくてはなりません。いわゆる「詰込み」が後々の「創造性」を育むのだということです。

好きなことを仕事にしたいなら

 今の親世代が子どもに期待することは何でしょうか。創造性を発揮してほしい、自分らしく生きてほしいと願う親も多いと思います。しかし、現実には、「個性的でありたい」と願うことが社会に適合できるとは限りませんし、かえって生き辛さを生むことにもなりかねません。「好きなこと」を仕事にするのであれば、「好きなこと」をするためには、「不愉快なこと」「辛いこと」「好きじゃないこと」も沢山経験しなければならず、それも含めて「好きなこと」である必要があります。他者からの客観的な評価を受け入れて自分を改善していかなくてはなりません。ある意味でそれは過酷な競争でもあります。入社して数年で離職する若者も多いと聞きますが、果たして「好きなこと」は見つかるのだろうかと心配になります。大抵の人が「別に好きじゃないけどやりがいがある仕事」を選んでやっていけるのは、やはり基本的な教育を受けた成果ではないでしょうか。

 著者は、「学ぶこと」は、「好きなことを見つける」こと、「人から客観的な評価を受ける」こと、「嫌いなことも理解して一定の水準に達する努力をする」こと、この3つのバランスがとれないと伸びないものだといいます。自分自身を育てるには、愛すると同時に、甘やかさず厳しくすることも必要です。自分らしく生きるためには、当たり前のことを当たり前に努力すること、そして、学校での学びはそのためのトレーニングであったかもしれないと思います。

 改めて、大人の学びなおしをするのであれば、楽しいことと同じくらい苦しいことも経験する覚悟を持って取り組まねば、と思いました。本当に不勉強が身にしみます。辛いなあ。

 

2023年11月2日 読了

 

水野 学『センスは知識からはじまる』_感想

 

センスとは何だろう

 センスがいいとか悪いとか言いますが、実のところセンスとは何だろうな、と思い手に取ってみた書籍です。内容は単純明快、移動時間にサクサク読めて、なるほどな、と納得する点がたくさんありました。明日からの仕事にもすぐに活かせそうなので、何かクリエイティブな力を求めている方にもお勧めです。

 さて、本書の中で著者が繰り返し述べていることは、「センス」とは、「ひらめき」や「思いつき」や「好き嫌い」ではなく、「知識の積み重ねの中から物事を最適化するスキル」だということです。言われてみると、その通りで、私たちが何を選ぶのか、どういう判断をするのかという行動は、すべてこれまでの経験=知識に基づいて行われています。今日、センスのいい服を選べるのか、ダサい格好になってしまうのか、その一瞬の判断は、私たちがこれまで見てきたモノの中から、色んなシチュエーションを想定して、今日は何が最適なのかを選ぶ力が発揮されていることになります。

 つまり、センスとは、知識の積み重ねの中から最適なものを選ぶ力だといえます。

普通を知ることが大切

 したがって、センスを磨くためには、まずは自分の中に知識を蓄えることが大切だと著者は言います。そして、何が良くて何が残念なのか、その判断基準を持つためには、まずは「普通」とか「王道」と呼ばれるものが、なぜそうなのかを理解して、自分の中に判断の物差しを作っておくことが重要なようです。

 そして、普通よりちょっと尖ったもの、あるいは普通よりちょっと緩いものをその時々の時代の流れに即して選んでいくという作業がヒット商品を生む秘訣のようです。もともとグラフィックデザイナーとしての仕事をメインにされていた著者は、何かをデザインするときには、なぜその字体を選んだのか、なぜその色彩なのか、なぜその形なのか、すべて説明できないと意味がないと言います。沢山ある字体のなかで、どうしてその文字じゃないとダメなのか、それは何となく選んだように見えて実はその背景に商品のコンセプトや生産者の思いが反映されているはずなのです。まさに私たちの選択には意味があり、それはたくさんの情報から練りだされたものであるからでしょう。こうしてヒット商品は思いつきではなく、緻密な調査と予測から生まれるのです。

神は細部に宿るので

 後半では、センスの磨き方として具体的にどうやって知識を集めるのかなど、すぐに実践できるアドバイスが多数書かれています。そして、著者も繰り返し述べていますが、センスは生まれつきのモノではなく研鑽によって習得できるモノなので、大人になっても子どものように新しいことを体験したり、いつもは話さない人と話したり、そうした新鮮な経験が大切だということです。

 そして、細部への拘りも大切だとも言っています。ほんの少し線が太いとか、ほんの少し行間が広いとか、全体から見ると、何でもないことのようですが、それを直さないとなんだか全体がスッキリしない…デザインをされている方ではなくても、そういう感覚を持たれたことがあると思います。その、ほんの少しに拘れるかどうかが、仕上がりに大きく影響するという経験は私自身もよくありますので、大変共感できる部分です。デザインに限らず、どんなことでも、細部をおろそかにしない、というスタンスは大切だと思います。文章の言葉を選ぶ時も、お客様への声掛け一つをとっても、はたまた部下への指示にしても、何事も細部を詰めておくことが、後々の成果に跳ね返ってきますよね。

 仕事であれば、その職業のプロとして、プライベートであっても、自分自身のプロとして、これまでの経験=知識の中から最適なものを選んで、細部も譲らない、という心意気がセンスを磨く第一歩なのではないかと思いました。

 

2023年10月21日 読了

 

菊澤 研宗『戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか』_感想

 

戦略に歴史あり

 日常生活で何気なく使っている「戦略」という言葉が、もともとは軍事用語であり、実際の戦闘の歴史とともに進化してきたものだということを本書を読んで初めて知りました。なんとなく、「戦略」と聞くと胡散臭い感じがして、どこかズルい考え方のように感じていましたが、「戦略」「戦術」「作戦」というものが人の歴史とともに活かされ考え出されてきた知恵として、とても身近なものに感じられます。

 戦略とは、生き残るための積極的あるいは消極的な知恵であり、生存するための技法のことです。本書では、戦略思想が、歴史の流れに沿って、物理的世界、心理的世界、知性的世界の3つの側面から構成されていると論じています。そして3つの世界からの多元的な戦略を展開しなければ「戦略の不条理」、つまり合理的に不適合な戦略となってしまうことを説いています。歴代の策士として、孫氏、クラウセビッツ、リデル・ハートロンメルの戦略を紹介しながら、それぞれの戦略のポイント、長所と短所がわかりやすく解説され、実際の戦争で、どのような戦略が展開されて結果につながったのか、歴史を考える上でも、大変興味深く面白く読み進められました。

日本軍の戦略は失敗だったのか

 太平洋戦争で日本が米軍に敗れたことは、冷静に振り返ってみると、圧倒的な物的資源の差がもたらした結果でした。当時の米軍には物理的・肉体的な資源が豊富にあり、それに基づいて力や数による物理的な戦争を展開しました。一方で、日本の物質的な資源は非常に乏しく、同じ戦い方では勝ち目がなかったでしょう。それでも日本軍が原爆を落とされるまで戦うこととなったのは、知性的世界の資源である精神や概念などの実存性が非常に高かったからではないか、と著者は説きます。天皇を神格化して闘わなければならなかった理由がここにあるようです。当時の日本軍にとって豊かな知性的世界の資源を徹底的に活用して闘うことは究極の戦略だったのとも言えるのではないかと。

 こうした考え方で見たときに、太平洋戦争時の日本の戦略は必ずしも意味のないものではありませんでした。しかし、やがて精神論が先行しすぎてしまい、現実の物理的な兵器の格差を冷静に判断することができなくなってしまいました。まさに一元的な世界でのみ合理性を追求することによって、別の世界の変化に適応できず淘汰されてしまう「戦略の不条理」に陥ってしまったのです。

多元的な世界で物事を考えてみる

 では、どうすれば戦略の不条理に陥らずに生き残ることが出来るのでしょうか。著者は、物理的、心理的、知性的の3つの世界を多元的に立体的に捉える戦略が必要だと説きます。例えば、ビジネスの世界で価格競争だけで生き残ろうとしてもやがて限界が訪れます。そこで、さらに商品のアプローチのし易さや、利便性など別の側面で売り出します。それでも、いずれは競合他社も同じような、あるいはそれ以上の戦略を出してくるでしょう。では、さらに知性的世界で…というように一つの事象を多元的な世界で捉えて、トータルで有利に働くように組み立てていくことが必要です。

 本書では、こうした立体的な戦略を展開するための物理的、心理的、知性的なアプローチが分かりやすく紹介されています。人の合理的な判断というものが、様々な要因で合理的ではなくなることが行動経済学の観点からも説明されていて、とても面白く思いました。

 さて、本書の内容をすぐに日常生活に活かす、組織運営に活かす、というのは少し難しくも思いますが、後半には組織の在り方にも触れられており、自身の所属する組織を考える上でヒントとなることがたくさんありました。戦争論と経営論という全く異なる分野を扱っているようにも思いますが、実は、人の習性を考えるうえでは、どちらも似通った理論であることが分かります。少し視野が広がったような、考え方が改まったような、そんな爽やかな後味の書籍でした。

 

2023年10月20日 読了

 

中野信子『サイコパス』_感想

 

サイコパスというカテゴリー

 サイコパスと聞くと、人格異常者とか非情な犯罪者とか、どうしてもそういう過激な映画やアニメのイメージが払拭できないのですが、本書はサイコパスを脳の特性の一つと捉えて、身近な疾患(病気の場合もあれば単なる特性の場合もあるようですが)として紹介しています。アメリカでは全人口の4%がサイコパスの可能性があるとのことで、脳の発達上の特性の一つと捉えると、そんなに珍しいものでもないのかもしれません。

 サイコパス傾向の人の特徴は、痛みを感じにくく、平気で嘘をつける、その場の雰囲気で適当な話を上手く繕うことができる、衝動的、冷徹、決断力がある、などなどイメージとしては知的で冷血な人という感じですが、実際は色々なタイプがあるようです。どこまでが性格で、どこまでが脳の特性なのか、境目がはっきりとはしませんが、脳の働きによって、痛みを感じなかったり、他者に共感できなかったり、他の発達特性と重なる部分も多々あるようです。本書は映画や犯罪報道などで先行しているイメージをちょっと引き戻して、脳科学の視点からサイコパス傾向とはどういうものかを解説しています。脳の特性の一つのカテゴリーに過ぎないと考えれば、例えば職場の上司がサイコパス的でも、そういう性格(特性)の人もいるやんな、と納得ができます。

サイコパスは遺伝か生育環境か

 サイコパス傾向の高い人の脳では、偏桃体の活動が低いため恐怖や不安を感じにくいという特性があります。恐怖や不安という感情は動物が危険を回避して生き残るために不可欠な感情だったと思いますので、ここだけを見ると偏桃体の活動が高い方が生き残る確率が高くなります。そうすると、サイコパス傾向の人の遺伝子が次世代に引き継がれる確率も低くなり、相対的にサイコパス傾向の人は少数派となるはずです。

 一方で、幼少期の被虐待体験や親との関係性などが脳の機能に影響を与えることも明らかになってきており、サイコパス傾向の人が、その傾向を強める原因として生育環境も関係しているようです。このように遺伝的な特性と生育環境が合わさって、いわゆる犯罪者のような強い性質を持ったサイコパス傾向の人が残ってきたのではないかと思います。そして、それが脳の機能疾患の一つなのであれば、他の発達特性と同様に今後もなくなることはなく、人間の特性の一つのカテゴリーとして残っていくのではないかと思います。

勝ち組サイコパスと負け組サイコパス

 著者は、社会的に成功しているサイコパス傾向の高い人を勝ち組サイコパス、犯罪者などになってしまった人を負け組サイコパスとして紹介しています。例えば、アップルの創始者であるスティーブ・ジョブズ氏は勝ち組サイコパスではないか、マザー・テレサも勝ち組サイコパスではないか、などなど。実際のところは、脳内を調べたわけではないので想像でしかないようですが、彼らの行動力や人前での話術、人の心を惹きつける求心力などが当てはまっているといいます。要するに、彼らが普通の人の感覚とは少し違う感覚の持ち主である、ということになるかと思うのですが、そうやって社会の中で自分の脳の特性を生かして活躍する人々も多くいるというわけです。

 自分自身がサイコパス傾向が高いかどうか、という点についてもチェックリストが紹介されていますので、ある程度は自己診断ができます。ふり幅の違いはあるにしても、誰でもが多少は衝動的な面や残酷な考え方を持っていると思いますので、あくまでも傾向が強いか、弱いかという比較の話ではあります。

 もしも、職場の上司がサイコパス傾向の高い人だったら、自分の子どもにそういう傾向が強くあったら、あるいは自分自身がサイコパス傾向に当てはまっていたら…特に焦る必要はありません。そういう特性があるということを理解して対応していけばよいだけのことです。サイコパスが特別ということではないようです。

 それにしても、私の中でのサイコパスのイメージはハンニバルに登場するレクター博士なので、もしあんな人が身近にいたら、怖くて恐ろしくて、夜も眠れないと思いますが。

 

2023年9月30日 読了

長谷川嘉哉『一生使える脳 専門医が教える40代からの新健康常識』_感想

 

40代、50代の過ごし方を考え直す機会に

 40代ともなれば、仕事も家庭もある程度のところで安定してきて、平凡な日々の繰り返しがそれなりに心地よいと感じる世代になってきますよね。この書籍は、超高齢化社会を健康に生き抜くために、この安定してきた40代、50代のときから「一生使える脳」の準備を始めるべき、とアドバイスしています。著者は認知症の専門医で、数多くの認知症患者や高齢者の看取りをされてきた経験から、自身の生活の中に「脳を鍛える」活動を取り入れて実践されています。どの項目も分かりやすくまとめられ、直ぐにでも生活に取り入れられそうなアドバイスが満載です。そろそろ人生の安定期に入った方にお勧めの書籍です。

アウトプットを意識しながらインプット

 一生使える脳を保つポイントは、脳と体と環境を整えること。脳も筋肉と同じで使わなければどんどん衰えていきます。例えば、読書をするとしても、読んで得た知識をそのままにするとすぐに忘れてしまいますが、こうしてブログに書くとか、メモに残す、人に話すなどの行動をすると、頭の中で整理されて長く記憶に残ります。

 この短期記憶と長期記憶を結びつける働きをしているのがワーキングメモリです。情報を取捨選択して保存し次に必要な時に使えるように脳内に格納してくれる働きです。脳の衰えとは、ずばりこのワーキングメモリの働きが悪くなってしまうことのようです。脳の中で記憶の回路を一度作っておくと、忘れた知識もちょっとしたきっかけで思い出したり、他のアイデアをと結びつけたりして再び活用できるようになります。インプットするときは意識的にアウトプットすることを考えて、別の行動を組み合わせるとワーキングメモリの働きが促されるのですね。

 またワーキングメモリのキャパは大きくないので、たくさんのことを同時並行に行うよりも、一つ一つを短時間で処理して、どんどんメモリ容量を作っていく方が良いようです。マルチタスクよりもシングルタスクを短時間で片づける、気が付いたことは直ぐにその場でやってしまう、後に回さない、という行動力がワーキングメモリの動きをよくする秘訣のようです。

身体を整えると脳も整う

 次に大切なのは身体を整えること。脳も身体の臓器の一つなので、高血圧や糖尿病などの生活習慣病や、過度の喫煙や飲酒などは、その働きを悪くしてしまいます。また、生活習慣病を予防するためにも適度な運動が大切ですが、身体を動かすと脳も活発に動き出すということですので、脳のためにもウォーキングやストレッチなどの軽い運動を行うことが重要です。

 具体的な対応として、食事では、タンパク質をたくさん摂るように心がけて、例えばチャーハン+ラーメンみたいな糖質+糖質の食事をさける、運動では軽い有酸素運動やストレッチを習慣にする、などのアドバイスがあげられてます。無理な食事制限や運動をするのではなく、少しだけ身体を動かして健康的なメニューを選ぶように心がけるだけでも、脳の衰えを先送りにできるのですね。

外部の脳を上手く活用する

 最後の章では、もう一つの秘訣として、スマホなどを自分の外部の脳として上手く活用していくことが挙げられています。全部を自分の脳で処理する必要はないので、例えば仕事の場でも、この分野は若手の〇〇さんに任せて自分は全体の進捗を管理するみたいな、マネージャー的な動きをすることがあると思いますが、同じように外部に任せられる環境を上手く活用することが重要だといいます。分からない言葉はスマホで検索すれば出てきますので、それを分からないままにせずにすぐに行動して自分のものにしてしまえば脳のワーキングメモリが他のことに使えます。

 また、環境として、豊かな人間関係を築いておくこと、睡眠をたっぷり取ることなども脳のパフォーマンス向上には大切です。人間関係では、40代ともなれば、仕事関係とか子どものPTA関係とか、関わる人が固定化されてしまいがちですが、自分よりもぐんと若い人や逆にぐんと歳の大きい人と付き合ってみる、誘われたら断らない、など意識的に人間関係を広げることが大切だと書かれています。そうした新しい出会いが脳にも刺激となって、内面も外見も若さを保てるようになるのですね。

 最近、新しいことに何も挑戦してないな、と感じたら、いつもと別の道を歩くだけでもいいかもしれませんね。40代を過ぎたら、自分の脳をしっかりとケアしていきたいと思いました。さて、散歩にでも行きますか。

 

2023年9月29日 読了

和田秀樹『思秋期の生き方 45歳を過ぎたら「がまん」しないほうがいい」_感想

 

誰もが迎える中高年をどう生きるか

 気が付くと風邪がなかなか治らなくなっていたり、ついつい階段じゃなくてエスカレーターを選んでいたり、休日に色々やろうと思っていたのに何もせずにゴロゴロ過ごしてしまったり。とにかく歳を重ねてくると残念なことが増えてきますよね。

 仕事も以前ほど情熱を持って取り組めないし、子ども達は十分に大きくなってそれぞれの時間を過ごしているし、なんとなく自分と向き合う時間が増えたような、でも何もする気が湧かないような、そんな40代から50代の時期を著者は「思秋期」といいます。思春期に対応する、第2の人生の転換点だから「思秋期」だと。

 本書は、誰もが迎える更年期の不具合を身体の面と心の面から分析し、それに対応するためのちょっとしたアドバイスが書かれています。著者は精神科医であり、教育アドバイザーであり、40代になってから映画監督にも挑戦した方です。医学的な知識と著者の経験に基づく中高年の過ごし方は、これから40代を迎える方にとっても、まだまだ若い20代の方にとっても、すでに中高年の真っただ中の方にとっても、分かりやすく有用なアドバイスがたくさん書かれていますので、サクッと読めて気持ちが前向きになれる良書かと思います。

身体の老化よりも気持ちの老化に注意

 まず、老化と聞いてすぐに思いつくのは、目がかすむようになったとか、ちょっと走ったら息切れしてしまうとか、そういう体の衰えをイメージしがちですが、実は、脳の老化に一番注意が必要なようです。

 脳の前頭葉の機能が衰えてくると、感情のコントロールが上手くできなくなり、ちょっとしたことで怒ってしまったり、人の話が聞けなくなったり、新しいことに取り組めなくなったりします。実はこの気持ちが上がらなかったり、他人にイライラしてしまったり、という心の動きが老化の始まりなんだとか。気持ちが老化してしまうと、変化を受け入れられなくなるので、いつもと同じことの繰り返ししかできなくなってしまいます。やりなれた仕事は上手くできるけれど、商品開発とか販路開拓とか、クリエイティブな仕事は脳が受け付けなくなってしまいます。変化を好まず、現状維持がいい、と思うようになったら要注意です。

 そして、脳の老化がはじまると、次々に他の場所の老化も始まっていく、なんとも恐ろしいことですが、40代から50代はこの老化のスタート地点にあるようです。脳を老化させないためにも、中高年から「新しいこと」にチャレンジすることが大切だと著者は言います。初めてのことに挑戦してみるとか、いつもと違うコミュニティに属してみるとか、大学で学びなおすとか、何でもいいので、自分の興味関心のあることにどんどんチャレンジしてみるのが良いようです。脳への刺激が老化を防止してくれますし、今の仕事をリタイアした後の居場所も同時に作れるので一石二鳥ですね。

ホルモンを出して老化防止を

 体の老化防止では、女性ホルモンと男性ホルモンの分泌を促すことが重要です。歳をとると自然とホルモンの分泌量が減少し、更年期障害のような不調をもたらしてしまいますので、意識的にホルモンを作る食事や活動をする方が良いようです。食事では意外ですが、ホルモンの元になるのはコレステロールですので、中高年からのダイエットや無理な運動は老化を進めてしまう逆効果になるようです。食べ過ぎにならない程度に、食べたいものを美味しく食べる、すると幸せホルモンが分泌されるし、カロリーもコレステロールも取れて、若々しくいられるのだそう。また、恋愛やセックスもホルモンの分泌に重要な要素なのだそうです。枯れてしまってはいけないということですね。

 中高年になったら、身体のためにも心のためにも脳のためにも、無理な節制は行わず、自分の気持ちの向くままに食べたり活動したりするのが良いようです。タイトルにもありますが「がまん」は若いころはある程度必要ですが、40歳を過ぎたら、まずは自分ファーストで、自分がどうしたいのか、どう考えるのか、を元に行動することが大切なのです。そして、もう十分に自分の行動に責任を持てる歳でもありますしね。

 最後に著者は「思秋期」と名付けた理由を、「たくさん思ってほしいから」と述べています。思春期は将来が不安で、人間関係も上手くいかなくて、たくさん思い悩む時期でしたが、そこを過ぎると私たちは「大人」になってしまって、日々の生活を思い悩むという機会がなくなりました。そんななかでの老化の始まりとなる中高年は、「大人」から次のステップに進む時期として、再び思い悩む時期であるというわけです。

 ボーっと生きてきたわけではありませんが、なるほど、惰性で生きてきてしまった感じもありますので、少し思い悩んで老化と向き合ってみようかな、と思いました。

 

2023年9月17日 読了