ROBOBO’s 読書記録

読んだ本の感想です。

デイヴィッド・イーグルマン『あなたの知らない脳 意識は傍観者である』_感想

 

私たちの行動をコントロールしているのは「自分の意識」ではなかった! 例えば衝突の危険をはっきり認識する前に、足は車のブレーキを踏んでいる。脳はたいてい自動操縦で動いており、意識は遠いはずれから脳の活動を傍観しているにすぎないのだ。だが、自覚的に制御することができないのなら、人間の行動の責任はどこにあるのか? 意識と脳の驚くべき働きを明かす最新脳科学読本。『意識は傍観者である』改題文庫化。

意識は氷山の一角

脳の働きについて知りたいと思い気軽に読み始めた本書ですが、なかなか読み応えのあるハード系の脳科学本でした。ですが、専門用語は少なく、図解や事例がたくさん挙げられているので素人でも無理なく理解できます。

さて、本書の中で大きな衝撃を受けるのは、私たちの意識はほとんど脳内の活動を認知していない、ということです。私たちの多くの活動の裏側には、とても複雑なニューロンの働きがあるわけですが、意識はそれらをほぼ感知していません。AIがチェスで人間を破ったことは人工知能の発展として有名な話です。AIのワトソンはチェスの一手を計算するために、かなり大量のエネルギーが必要だったそうですが、対する人間の脳はほとんどエネルギーを消費せずに複雑な計算を無意識にこなしてしまいました。脳は一度習得した活動は無意識に行えるように設計されているようです。意識が必要とされるのは、何か問題が起きた時、いつもとちがう対処が必要なときのみで、私たちは実に多くのことを無意識にこなしており、意識は私たちの氷山の一角に過ぎないのです。

では、考えている私とは

ここから話題は少し哲学的でダイナミックになっていくのですが、では、「意識のある私」が私のほんの一部なのだとしたら、何かを選ぶ私、判断する私とは、本当に私なのか?私という意識が関与する行動なのか、思考なのか?という疑いが出てきます。

筆者は様々な犯罪者が精神疾患や脳腫瘍のために犯罪に及ぶ例を挙げています。裁判で裁かれるのは、「行動に責任を負うべきか」ということですが、精神疾患の結果として犯罪を犯すことは、本人に「考える」余地がなく不可抗力だったといえます。つまり、人の思考や行動は意識の知らない脳の活動で決まるという理論を踏まえるならば、犯罪行為は行為者にはどうすることもできなかったという主張が説得力を持ってきます。さらに、現在の法制度において、犯罪者の有責性を問うことは無意味だとして、犯罪者の更生に重点を置く刑罰制度を提唱します。この辺りはかなり大胆な論説ですが、犯罪者のほとんどが精神鑑定によって減刑されている現実を見ますと、あながち間違いではないように思います。

ブレイン2.0の時代へ

本書の冒頭で、筆者は脳の可逆性と問題が解決しても繰り返し別の解決ルートを探る性質に触れて、将来的には赤外線や紫外線の映像、天候データや市場データなど、新しいデータストリームを直接脳に差し込めるかもしれない、と言います。

犯罪者の更生に着目するという点で、ロボトミーという前頭葉の切断手術によって人格を変える方法が紹介されていますが(筆者はロボトミーでは不十分という立場です)、もし、私たちの意思が「脳」の在り方に左右されるものだとしたら、物理的に脳を変化をさせたり、新しい形式のデータを注入できるようになることによって、私たちそのものを変えることが可能なのかもしれません。人間の倫理感だとか、他者を思う心だとか、誰かを愛する気持ちだとか、そういうものの根底が何によるのか…ますます分からなくなりますね。

そんなわけで、「脳」や「意識」についてとても深く考えさせられた一冊でした。久しぶりに意識を総動員して読み上げたのでした。

 

2022年1月30日 読了