ROBOBO’s 読書記録

読んだ本の感想です。

マシュー・サイド『多様性の科学』_感想

 

多様性のもつ力とは

多様性という言葉が広く使われるようになったのは最近のことだと思います。これまで多様性といえば自然科学の分野だと思っていましたが、今は、学校教育においても、幼児教育においてさえ、「多様性がある集団」や「多様な人たちと一緒に何かを成し遂げられる力」というのが重視されています。そして、多様性の対になるのは、「主体性」や「個別最適」という言葉です。

本書の前半では、アメリカで同時多発テロが引き起こされたときに、それを未然に予測できなかったCIA内部に人材の偏りという問題があったこと、エベレストで記録的な遭難者を出した事故では、ベテランの登山ガイドや登山家の集団であったが故に、事故を防げない精神的なヒエラルキーができてしまっていたことなどが、実例とともに紹介されています。

キーワードは、画一的な集団がもたらす思考や行動の偏り、事実を見えにくくしてしまう構造です。なぜ、多様性のある集団が優れているのか、それは逆説的に、画一的な集団が陥りやすい問題、例えばSNSで同じような情報ばかりがリフレインされて増強されてしまうエコーチェンバー現象など、自分たちでも気づかないうちに片面だけの誤った情報に置かれてしまう怖さです。

イノベーションには頭の良さよりも社交性を

本書のなかで、「創造とは融合である」という分子生物学者のフランソワ・ジャコブの言葉が引かれていますが、技術の進歩、イノベーションは、違うアイデアや技術の融合で生み出されることが多いといいます。そして、その融合に気づくためには、ゴールに向かって直進するよりも、寄り道をして様々なアイデアに触れて様々な意見を聞くという複雑なルートをたどる方が良いようです。人々がネットワークの中で複雑につながる中で、新たなアイデアが生まれる、そしてそのアイデアがまた新しいアイデアを誘発していく。優れたIT企業が特定の地域に集積する理由も、社員同士の社交が必然的に必要だからなのですね。

本書の後半では、少し大きな視点で、なぜ人類は他のサルと異なる進化をしたのか、という謎が解き明かされています。人間の2歳児とチンパンジーの2歳児の行動を同じ条件でテストしたところ、人間が唯一勝っていたのは、社会的学習能力のテストでした。これは筒から道具を使って食べ物を取り出すというテストですが、一度、大人がお手本をやって見せて、子どもが模倣できるか、というもの。

チンパンジーオラウータンは見たことを真似できないのに対して、人間の子どもは、見たことの意味を理解して同じようにやってみることができる、まさにこの社会的学習能力こそが、人間が集団の中で知識を集積して、次世代に継承して、今日まで発達してきた理由だといいます。

つまり、個人個人の力が多様な集団の中で集積してつながっていくこと、そうした社会性が人類に高度な知能をもたらしたということです。

日常の中の多様性

さて、本書の最後では、こうした多様性を日常の中でどのように活かしていくのか、ということが書かれています。

まず、1点目は「無意識のバイアス」を排除すること。私たちは自分でも気づかないうちに、思い込みで決めてしまっていることがあります。まずは、それを取り除いて、情報を多角的に捉えることが大切です。

2点目は「与える姿勢」であること。自分の考えや知識を他者と共有しようという心構えが大切だといいます。役職が上がれば上がるほど、個々の能力よりも集団のチームワークやネットワークが力を発揮するようになります。そのためには、それぞれが協力的であることが重要です。他者を排除して自分だけ が優位に立とうとしても、集団知には勝てないものです。一人では新しいアイデアも生まれてきません。 

この2点を意識して、まずは、自分とは異なる人々と接して、自分に馴染みのない考え方や行動に触れることが大切だと著者はいいます。私たちは、気が付くと同じ毎日の繰り返しで、付き合う人も同じよう境遇の同じような価値観の人に限られてしまいがちですが、少し視点を変えて、いつもと違う集団に入ってみるとか、初めてのことをやってみるとか、そういう小さな刺激が大切なのだと思いました。

仕事でもプライベートでも、ごちゃまぜの環境に身を置く機会を持ちたいと思います。まずは、自分自身がバイアスを排除して、知恵やアイデアをシェアできる人でありたいですね。

 

2023年4月16日 読了